Webデザイナーとして公的団体案件をやってみた感想の記事です。
私が職業訓練を卒業して就職した制作会社は地方自治体や非営利団体の案件が多い会社でした。県庁や市役所、商工会議所、県立の学校、市議会議員、その他自治体と関連の深い非営利団体などで7,8割くらいだった感じです。
残りの2,3割でローカルなお店や自営業者さん、地元の中小企業、少しだけ都内のそこそこ大きな会社など。EC系(EC-CUBEやMakeShop)も少しはありましたが、私個人としてはほんのわずかしか関わっていないのでよくわかりません。
制作会社の中でも「うちは地方自治体案件など多いです」というところに応募を考えている方の参考になればと思います。
地方自治体案件の特徴
まず大前提として今どきホームページのない自治体はないのでリニューアルという形になります。
また私がいたころはスマホ対応が主目的の案件もまだ残っていましたが、この記事を書いている2021年ではさすがにそれもほぼなくなってきているのではないかと思います。
では私が経験してきた自治体案件の特徴です。
- アクセシビリティは基本条件
- ページ数が多い。情報の整理がたいへん
- 文字だらけ&PDFでの掲載が多い
- CMS(WordPress)案件がほとんど
- システム関連の理解があるといい
- 提出書類等が多い
- かんたんな動画やアニメーション作成がある
- 納期には余裕がある
以下1つずつ説明です。
1.アクセシビリティは基本条件
アクセシビリティとは障害を持つ人などだれでも使えるようにすることです。デザイン性うんぬんとかよりも、まずは最低条件としてしっかり基準をクリアしないといけません。
例えば色を決める際にも文字と背景のコントラストが一定以上ないといけません。一般企業のサイトでは大手のHPなどでもコントラストが足りない、その他アクセシビリティの観点からは基準に外れているものというのはたくさんあります。
当然マウスが使えない人や音声読み上げなどもテストしてクリアしていきます。チェックツールを使うのですべてを手動で確認することはないですがやはり時間がかかります。また例えばjavascript/jQueryでの開閉など問題がない形にしないといけません。入社直後などはjavascriptがわかってなさすぎてそういうので泣きました。
けっこう細かい基準をクリアしないといけないので作業的に最も比重がかかるとも言えるかもしれません。初めての時はアクセシビリティ基準クリアにかかった時間が制作時間そのものに匹敵するくらいだったかもしれません。たいへんでした。ただ社会貢献的な意味でのやりがいはしっかり持てていました。
2.ページ数が多い。情報の整理がたいへん
おそらくだれしも自分が住んでいる市区町村のホームページは見たことがあると思います。どこも一般企業のHPとかに比べてめちゃくちゃページ数が多いです。
ページ数が多いということはいろいろと情報量が多いです。私はExcelとかで大量の情報を整理するのが苦手なので、制作序盤は必要ページを整理するだけで混乱していました。
ディレクターという役割がいなくて全部Webデザイナーがやるというスタイルの会社だったというのも大きかったとは思います。
でも今考えると事務経験など大量の情報をパターン化して整理するのが得意な人ならたぶんわけないです(私はそういう経験がゼロだった)。うまく整理できれば、たくさんデザインを考えたり複雑な動線を考慮したりはないです。
3.文字だらけ&PDFでの掲載が多い
自治体のホームページは文字だらけです。イメージ写真などはほぼありません。
普通の企業なら読まれない文字なんかはあまり掲載しませんが絶対誰も読まないだろ、というようなページも大量にあったりします。
例えば「例規集」。私がそうでしたが「例規ってなに??」っていう方も多いと思います。どのくらいだれも読まなそうなページなのか気になる方は「自分の自治体名+例規」とかでググってみてください。
文字が多いのでデザインっぽいデザインをたくさん作る必要はない(むしろワンパターンなフレームを作ればよい)です。
また日本の自治体は基本的に紙ベースです。すべてアナログでの情報提供が先にあってそれをWebサイトでも見れるようにという感じです。
ということでPDFで掲載というパターンが多いです。制作側としてはもらったものをそのままサーバーに上げるだけなのでとてもラクですが、デザインしたい人には物足りないと思います。
4.CMS(WordPress)案件がほとんど
WordPressでの制作がほとんどです。もっともこれは自治体に限ったことではないですが。
私の場合はHTMLとCSS+超基本のjQueryという状態で仕事をはじめてしまったので苦戦しました。就職前に練習としてWordPressでブログを作っていたのでまだよかったですが、WordPressに触ったことない状態だったら完全にアウトでした。
とはいえ作られたテーマを使ってブログを立ち上げた程度の人間にとって、HTMLをテーマ化するというのは最初けっこうハードルが高かったです。PHPの知識ゼロでしたし。
もっとも慣れてしまえば自治体のHPの場合そこまで複雑なことは必要ないので案外なんとかなりましたが。
むしろマルチサイトとかユーザー権限とか、そういう実装が必要になることのほうが多かったです。
5.システム関連の理解があるといい
自治体はそれぞれシステム開発をいろいろ発注しています。例えば住民の管理うんたらとか。よくよく考えると市区町村とかの単位でそれぞれ別個に発注してオリジナルを作ってるのって壮大な税金の無駄遣いな気もしますが、ここでは話がそれるので置いておきます。Webデザイナーの話ですしね。
あるシステムをホームページと関連させたい、ホームページリニューアルと合わせてこのシステムを作りたい的な感じで開発系の話が出てくることが少なくないです。その時に私のいた会社は開発課があったので連携したり、あるいは他社さんとの協力になることもありました。
デザイナー職なので自分がシステム関連のプログラム書いたりとかはないですが、どういうことなのか理解できた方がいいと思います。特に制作中や納品後の問い合わせでは、窓口としてWebデザイナーに連絡が来てしまう(ディレクターいなかったので)ので、IT全般に疎い私はたいへんでした。
私の会社は自社サーバーを持つネットワーク事業を主力にしていた(そのセット販売でWeb制作を提供している感じ)のでサーバーがらみの技術的な話も多かったです。
6.提出書類等が多い
契約上いろいろ用意しないといけないものがあります。
CMS(主にWordPress)での更新になるのでその操作マニュアルとか。もっともこれは民間さんでも同じように作ってはいましたが。
あとはアクセシビリティ関連の情報(テストの表みたいのがあります)。
CD-ROMなどハードで納品もしっかり履行します。この辺は民間さんだと要求されなかったり適当だったりしたのでやはり違いを感じました。
あといろいろあった気もしますが忘れました。まあたぶん一度も使われないんだろうなあ…というものとかだった気がします。
ディレクターがいたらそこまで気にしなかったかもしれませんが、デザイナーが全部やる会社だったのでこれらで時間を取られるのが大変でした。
7.かんたんな動画やアニメーション作成がある
これも自治体に限ったことではないですが、写真やイラストだけでなく動画やアニメーションが求められる場面が増えています。
民間の場合ある程度レベルの高い動画やアニメーションが欲しいという場合、それ専門の人がいる会社に発注したりその部分だけ外注したりするかと思います。
ただ自治体の案件というのは正直そこまで高いレベルは必要ではなく、ワンポイントとして入れてくれみたいな感じです。そのせいもあってか動画やアニメーションに意外と携わりました。
例えばHP内でゆるキャラをアニメーションで動かしてくれとかそういうのです。AdobeでいうとPremiere、After Effects、Animatorとかを使いました。
内容や実制作時間としてはかなり少ないですが、入社時にはそういうソフトを使用することになるとは全く思っていなかったので貴重な経験にはなりました。
自治体案件についても今後ますます動画やアニメーションの必要は増えていくと思います。
8.納期には余裕がある
自治体は基本年単位の予算で動いているので納期にはかなり余裕があります。前年に引合・入札・受注とかがあって春や夏に作り始めて1月ごろテスト、3月最終的な納品、4月から切り替えとか。
また未受注案件の進行状況などについても営業さんと連絡が取りやすかったです。入札~の流れや条件・スケジュールなどがだいたいパターン化していたからです。
民間のように来月までになんとかしてくれみたいなことはありません。比べるとものすごく余裕があります。
ただし役所側のレスポンスはものすごく遅かったりします。けっこう簡単な確認とかでも返事が1~2週間かかったりとかありました。
あと納期に余裕があるのはいいのですが、その分複数案件を並行してやります。一つに集中して作るというのができず逆に大変に感じたこともあります。
年明け~年度末、そしてとくに3月~4月頭は忙しくなります。
自治体案件の実態と感じたこと
インターネット黎明期はうちもそろそろHP持つか、みたいなノリで企業がHPを作っていたようです。ですが今はただの情報掲載目的のHPの時代ではありません。
ただ自治体の場合まだまだこういう実態、つまりただの情報掲示板としての役割が強いとは感じています。またWebのほうが利用者が多いと思いますが、やはり実務的に紙のほうが主役という面もあります。
担当者も「使いやすさ」よりは「情報抜けなく網羅しているか」みたいなことを重視していると感じます。また住民の「使いやすさ」よりも上のレベル(PR戦略とか)のことを考えている担当者も少ないのではないかと思います。
私は自分の住んでいる市区町村のホームページが便利だと思ったことはありません。トップページから情報を探そうとするといつも迷子になります。結局Googleのトップまで戻って「自治体名+やりたい手続き」とかで調べるはめになります。
それを作る側になってみてやはり全然問題解決できないということを感じました。
もし将来Webデザイナーのベテランになれたとしても、私の能力では使いやすい自治体ホームページを作れるようになる気がしない。。。なんだろうこれは。
まずもう単純に法律とかが多すぎるだけな気もします。
あとは市役所の人もいわゆる「中の人」になりすぎててユーザーである市民の視点に立ちにくいでしょうし、「異動で今年から担当になりました」とかの人も多かったです。
地方自治権はいいですが国主導でもう少し何とかならないでしょうか。自治体HPに共通するサイト設計・UI設計のデファクトスタンダード的なものを作ってしまうとか。
まあそれはともかく一人のWeb制作者として痛感したのは「内容が理解できていないものを作るって難しい」ということ。
自治体案件に向いているWebデザイナー
上記を踏まえて私が個人的に思った向いている人です。
1.デザインよりコーディングが好きな人
コーディングが好きな人はいいです。
デザインは基礎(近接・整列・反復・対比とか)を網羅すれば十分。「売るため」「ひきつけるため」のデザインや工夫は求められないです。素材も与えられたものや「いらすとや」くらいでOK。
アクセシビリティ重視なのでしっかりとしたソースコードにしたい人にはよさそうです。細かい点についてもしっかり検討することが苦にならない人。
またほとんどはWordPress化するので簡単なレベルでのPHPも必要です。
2.社会的貢献を重視する人
社会的弱者や地域の人みんなが使いやすいサービス、みたいなことにやりがいを感じる人はいいと思います。
逆に利益の最大化が~とかそういう方向性の人がやるとつらい・やりがいを無くすと思います。またアート的なデザインをしたい人も違います。
3.事務処理や物事の整理が得意な人
ページ数や情報量、条件などが多いのでサイト内のページ一覧をExcel等で分類・整理したりが多いです。
私は事務経験ゼロだったのもあり、そういうのが超絶苦手でした。
4.マイペースにやりたい人
「マイペース」という表現でいいのかわかりませんが、民間の案件より明らかにスピードが遅いですし、自分でスケジューリングする自由度が高かったです。
自治体案件はとにかくスパンが長いので、突貫とかばっかりよりは精神的によかったとも思います。
納期や基本要件さえクリアすればわりとゆるい雰囲気でやれるはずです。
また自治体担当者は民間の人と比べて制作途中や納品後のコミュニケーションが取りやすかったです(たまたまもあるかもしれませんが)。これは基本のITリテラシーがある、PVやCVなど数字に敏感さが求められる民間とはいろいろ根本的に違う、というのがあると思います。
また民間みたいな納期直前でのひっくり返しなどは起こりにくいです。
自治体案件を経験できてよかったこと
自治体や自治体系の非営利団体案件を経験してよかったことは、アクセシビリティと正しいコーディングへの意識が高まったということです。
私は特に自治体案件がやりたくてその会社にはいったわけではありません。
35歳未経験という状況で50社以上落ちつづけてやっと採用してもらえた会社がたまたまそういう会社だったということです。
もし若くて選べるのだったら最初はモノを売る系のデザインをやりたかったです。心理学とかに興味があるので。
でも繰り返しになりますが初心者としては貴重な経験を積めたという点でよかったです。また目指しているフリーランスになったらたぶん自治体案件はあまり関われないと思うので、その点でも会社員として経験できたのはよかったです。