囲碁の「級位者あるある」は「仕事できない人あるある」でもあった

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私は囲碁が好きです。でも下手です。ネットでしかやっていないのでリアルな段級位はわかりませんが、たぶん3級くらいです。

好きとか言ったくせに詰碁や定石の勉強はしないので全然上達しません。勉強しないのに好きというのは、本当に本質的な意味で囲碁好きの人とはちょっと違うのだと思います。上っ面の雰囲気を楽しんでいるのみです。

目次

囲碁の好きなところ→本質とずれている

最初に囲碁がドヘタなのに好きな理由を書いてみます。つまり本質が好きではないから上達しないんだな、ということ。

私は将棋は二段、一番やっていたころは三段タッチ(リアルの道場、将棋ウォーズともに)くらいでした。つまり囲碁よりは将棋のほうがまだ得意です(へぼはへぼですが)。ただ将棋はあまり好きではないです。なぜなら最初から戦うことを強いられているから。スタート時点でもう戦場で向かい合ってしまっている。いっぽう囲碁は戦いという戦いをせずに、ほぼ外交交渉だけで終盤まで行ける可能性がある、ここが好きな点のひとつです。相手が無理な要求をしてきたら交渉決裂ではじめて戦う。戦うなら理由が欲しいのです。

他に好きなところは見た目とデザイン。将棋の駒みたいな形のものをマスの中に置くよりも、丸い形状のものを交点におく方が好みです。横から見たときの石のコロッとした曲線と立体感も好きです。白黒は本当はもっとかわいい色とかキャラクターとかがいいですが、わかりやすさを優先したらやはりモノクロになるのでそこは仕方がないです。

ここまで書いた時点ですでに囲碁のおもしろさの本質に手もかかっていない「できない人」感がすごいですが、ここからさらに囲碁級位者あるあるを通じてできない人ぶりを書きたいと思います。

そして囲碁が「できない人」と仕事が「できない人」は似ている(=自分)なと思ったので結び付けたいと思います。

囲碁級位者あるある

以下はネットで自分と同じ級位者と対戦していて感じることです。相手の(無理な)打ち方や自分自身の思考などからの推測です。

級位者は読みの能力が低いとか定石などの基本知識が足りないとかは当然です。ですが伸びない人というのは、それ以上に対局中のメンタル・心がまえみたいなところが残念なのだろうなと感じます。

予定の変更ができない・1プランしか持たない

級位者の碁は自分の計画や予定通りに進めようとします。

しかもそのプランは1パターンしか用意しません。

例えば隅や辺で「ここを陣地にする」とか、中央でも「ここは囲う」とか決めてしまっている感です。

ですので、そこに入られると絶対に予定を守ろうとして不利な妥協をしたり、無理に取ろうとして崩れたりしがちです。

私の中では囲碁とは交渉のゲームと思っているのですが、級位者の世界では交換条件や代替案みたいな手はほとんどかえってきません。級位者同士の囲碁とはほぼ戦いのみのゲームです。

仕事でも「できる人」は刻一刻と条件が変わる中では臨機応変を心がけます。

本当に確定的な部分以外はかっちりな予定をたてず、また計画を立てるとしてもA案、B案、C案と複数用意するものです。交渉のテーブルにつく前に、考え得る要求を想定し準備をします。

私はできない人なので、予定を1プランしか立てず妥協や無理をするのでやっぱりダメだなあと囲碁を通じて再確認してしまいます。

取るのが好きで取られることを極端に嫌う

級位者の碁はとにかく取るのが好きです。

他に急場や大場があってもとにかく抜く方を選びます。

また取られることを極端に嫌います。取られることでの実質的な影響は考えず、とにかく取られることを嫌います。

取れば成功、取られれば失敗くらいの勢いです。つまり有効な捨て石というのをほぼ見かけません。状況によって捨てたほうがよさそうになってきてもほぼ捨てません。

体感としては級位者にとって取る石の価値は囲ってつくる地より高いみたいです。「ポン抜き30目」的な意味ではなく、みんな単に取る取られるに敏感という意味で。だから小さいところでも取ろうとすれば大抵反応があります。

仕事でも「できる人」は物事の本当の価値を見極めようとしますが、「できない人」は単一の事象で失敗や成功を判断します。たとえば「わーい今日は契約とれた」みたいな。

私の場合囲碁ではなく仕事や実生活で「とにかく取りたい人・取られたくない人」みたいな判断をしていることが多々ある気がします。反省です。

自分の充実よりも相手の邪魔を優先する

級位者は相手の勢力範囲にとにかく打ち込むのが好きです。

どう考えても時期尚早な打ち込みが多く、自分の勢力が不安定なうちに攻めます。

おそらく相手に模様を作られたり囲われたりするのが極端に嫌なのです。ひどいと辺で普通にひらく定石さえ許せないらしく、一個一個のバラバラの石のままハサんで、ハサんで、とくる人もいます。それで最後にまとめられるならいいですが、たいてい崩壊。

ここまでいかなくても自陣に手を入れるのが100点、打ち込むのが80点。このくらいの差なら大概打ち込みを選んでいるように感じます。

一人感想戦をしていて笑えるのは、明らかに有利で自勢力の充実をはかれば逃げ切れるのに、相手勢力に無理な妨害をして自滅するパターンが多いことです。

「できない人」は現状を客観的に把握できない・しようとしないのに加えて、なんというかじっくり腰をすえて自分の強みを伸ばすことができないのかもしれません。ライバルの存在におびえ、焦り、自滅してしまいます。

囲碁で得たこの教訓を生かし、自分の土台を固め強みを伸ばすことに集中したいと思います。

一か所に集中してしまう

級位者の碁は一か所に手が集中・固執しがちです。

左上の攻防をしていたらそこを徹底的にやります。いつまでもやります。

左上はひと段落して、離れた右下のほうに急場や大場がある、それでも左上の続きをいつまでも打ち続ける、とかはザラです。

ヨセでもそうです。一か所あるいはそこに近いところに連続して打ちたがります。

「できない人」は今やっている仕事を置いてさらに優先したほうがいいことをやる、というのができません。私は以前やっていた料理の仕事ではできていたのですが、Web系の仕事ではぜんぜんできなくなりました。完全に「仕事できない人」です。囲碁を通じてさらに気づかされたので改善したいと思います。

級位者にしてはうまく打てるようになった方法

上のような級位者の世界(=ある意味カオスな世界)で、勉強せずにチマチマ打ってきました。

ただ最近勉強していない割には「うまく打てるようになったな」と感じるようになりました。理由としては上に書いたような級位者あるあるの逆を行くように心がけたことが一つ。それ以外だと次のことをやってみるといい感じになりました。

10目差、できれば5目差以内で勝つことを目指す

これはヒカルの碁に出てきた、わざと持碁にするエピソードをヒントにしました。なので極端に言うと引き分けでもいいです。もっともコミありの場合はどうしても勝敗はついてしまいますが。

このことの効果と意味は以下です。

大勝ちや中盤での明らかな有利を目指すと石を取ろうとしたりして失敗しがちです。特に級位者の碁では相手が無理な攻めに来ることが多いので、まともに相手するとどうしても生き死にの勝負になってしまいます。

一桁差以内で勝とうとするとできる限り全面的な戦いを避けるしかありません。相手の大石を取ってしまうと大差で勝ってしまうのでダメです。もっとも級位者戦では8~9割がたこちらの確定地、みたいなところでも入ってくるケースなどもあります。その場合のみ仕方なしに取りに行きます。ただそれ以外は絶対に殺さない方法で少しずつ有利になるように考えざるを得なくなります。

殺しに行かないで有利にする」は入門書や初級者の本でもよく出てきますが、相手が強引にくるほどなかなか実践できませんでした。たぶん無理なことをしてくる相手にこそ「完全に差をつけて勝ちたい」「間違いをとがめて痛い目を見させたい」とか思ってしまうからでしょう。

ほぼ引き分けくらいでいい、と考えるとけっこう攻守のバランスの取れた対応ができるようになった気がします。※無理に押してくる相手は大抵終盤でも自滅してくれたりするので、「このままいったら引き分けくらい」を維持していれば5目差くらいで勝ててしまう、というのもあります。

あとは大差ではなくギリギリで勝とうとすると目算せざるを得ないのでいい訓練ができます(これはヒカルの碁の持碁の話)。また目先の勝ち負けにこだわりすぎなくなるので、メンタルも安定します。例えば結果半目差とかで負けても「相手に負けて悔しい」の感情ではなく、「計算をミスって悔しい」になります。

なおわざと下手に打つとかではないです。もっと差をつけて有利にできそうな時ほど手堅い手を打っていく、というイメージです。

もうひとつ心がけていることがあります。

まずは手抜きから考える

なぜなら級位者の碁はここまで書いてきたことからわかるように、相手が見当違いなことをしているケースが非常に多いからです。それに付き合ってしまうとだめなので、手抜きから考えたほうが早く優勢になれたりします。

この記事は囲碁→仕事という切り口で書いてきました。ですので殺さず僅差で勝つことと手抜きについても実生活に適用してみます。

実生活でも攻撃的な相手や無理に競ってくる相手に心の平静さを保ち冷静に対処するのは難しいです。

相手が理不尽なほど、一発反撃して完全に勝ちたいとか思ってしまうのが人間のさが。でも囲碁で学べるように殺さずに少しずつ有利に持っていくほうが、自分も安全だし周囲の力も借りられます。腹黒い言い方をすると生かさず殺さずを保つのが一番相手を困らせることができます。

また見当違いな相手にはスルーが一番いいのも囲碁と同じです。反応する時間に別のことをした方が建設的です。腹が立ったとしても、その相手が自分への無意味な攻撃をしている間に成長してさらに差をつけられる、と考えれば落ち着けるかもしれません。

やっぱり囲碁とヒカルの碁は偉大

囲碁はルールくらいしか知らないくせにこんな記事を書いてしまいました。

でもそんな自分でもたまに碁をやるといろいろな気付きを得られたりします。

囲碁とは偉大なゲームだなとしみじみ感じます。

もっとも仕事や実生活はひとりひとり個性と意思を持つ人間で成り立っています。他人や他社は石ではありません。あまり囲碁的な思考ばかり心がけると、生身の人間であるということを忘れて頭でっかちになりそうなので注意しようとも思っています。

現実社会は、白が黒に変わったりグレーになったり盤面上で移動したりすることもある、そんなルールで動いているかに思えます。あとは盤面全体が見えない状態のほうが多いです。ただそのような変則ルールの碁があったとしても、プロの碁打ちはやはり圧倒的に強いでしょう。仕事でも生活でも不確定要素が強いことを十分に踏まえつつ囲碁的思考ができるようになりたいです。ついつい変化の激しい人間社会の波にもまれていると戦略や俯瞰をおろそかにしがちだからです。

確率で考え不確定要素に慣れるという意味では麻雀もよいようなので、囲碁と麻雀をやったら一番バランスがよさそうに感じます。

余談ですが「ヒカルの碁」は私の中で面白さ&完成度No.1のまんがです。ちなみに一番好きで教訓も多いのは「宇宙兄弟」、キャラ立ちや画力が一番すごいと思ったのは「スラムダンク」。でもやっぱり一番面白さとストーリー完成度が高いのはヒカルの碁だと思っています。

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